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お葬式

祖母が亡くなりました。<享年96歳
わたくし、父上様にとって最後の祖母。

昔からあまりいい思い出が無い祖母でした。

父上の母親とは顔を合わすたびにけんかし、
母親の兄弟ともけんかをし、同居も決裂し一人で生きてきた祖母。

晩年は施設に入っていましたが、施設の同室の人ともけんかをし、
部屋を、施設を追い出されていたこともありました。

言いたい事は言う。でも有る意味裏表がなかったんじゃないかなぁとおもいます。

今年の3月以降、物も食べれず、飲めず。ふくよかな祖母でしたが
この夏に最後になるだろうからと、顔を見せに行った時は、かなりやせ細り、
昔の気難しい祖母の欠片も見れず、小さなおばあさんになっていました。

でもこのお別れの日、孫8人にひ孫が9人。気難しい祖母のために
集まりました。
あまり、かわいがられた記憶もありませんし、「おばあちゃん、おばあちゃん」と
寄っていったこともありません。

でもそんな祖母のために孫全員、ひ孫もたくさん集まりました。

「ばぁちゃん。よかったな。みんなきてくれたやん。」

孫全員、祖母にはかわいがられた記憶がないなぁと行っていましたが、
そんな祖母でも、最後の別れの日には集まれた。
普段、従兄弟とは会うこともないですが、久々に会うことができて、
最後にばあちゃんらしい事をしてくれたなぁとおもいました。

出棺の時、泣きそうになりましたが、なぜかひ孫達が泣き出し、
父上の親、叔父たちである祖母の子ら、孫は
「なんでおまえらが泣くねん(笑)」と
ちょっと和んだ出棺となりました。

俺らの変わりに泣いてくれてたんだろうか。
父上たち孫連中はそうでもなかったんだろうけど、
叔父たち子どもらはきっと泣きに泣いたと思います。
でも結果、笑顔でお見送りが出来て、これはこれでよかったと思います。

祖父を早くに亡くし、みんなに邪魔者のようにされながらも、
一生懸命長生きした祖母。
あとで生きてた最後のあたりに、父上の愚妹が
「ばあちゃん。しあわせやったか?」と聞いたら、

「孫もたくさん抱けたし、みんな元気や。ひ孫もようけ、見せてもろうた。
 わしは幸せや・・・。」


顔を合わせば、「播磨屋のせんべい買うてこい」や「創価学会に入れ」や
あまり優しい言葉を聞いた事がなく、
施設に入ってからは殆ど顔を見せに行く事がなかったのですが、
もう少し優しく接してあげればよかったのかなぁと悔やまれます。

でも、不思議と祖母の事は嫌いではなかったんですよ。
どちらかというと、いつも気にしていた感じ。

ただ、会っても最近の事とか話すことなく、お使いを頼まれたり、
勧誘されたりするだけなもんで、行くのが面倒くさかっただけ。

孫の中では一番の年長ですが、もう少し顔を合わしてあげていれば
よかったなぁと今になって反省です。



やっぱり従兄弟同士は最長でも20年くらい会っていない人もいたので
誰か来るたびに、「あれ、だれ?だれやねん?」ってなるところが
面白いお通夜、お葬式でした。ちょっとした同窓会みたいな。

ちなみに今日はお通夜の夜、なぜだか従兄弟連中で「腕相撲大会」になってしまい、
右腕がパンパンな父上様です。

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コメント

No title

そうでしたか・・
感慨ありますね・・
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